ライブハウス・アピア - 天狗ノ里
こんばんは、JURIです。いよいよ梅雨入りしたらしいですね。外では雨がしとしと。
そうそう、梅雨入りと同時?!微笑みの貴公子ことヨン様も日本入りいたしました!各地でファンが大フィーバー。
韓流って、まだまだすごいんだね~。
今でこそ、お隣韓国とか言われてるけど、15年前は近くて遠い国だった。
私は、当時高校生になりたての16歳。初めてのバイト先が家の近所にある在日韓国人が経営者の喫茶店だった。
当時、私は外国はアメリカ!しか思い浮かばなかったし、韓国とか中国とかよく知らなかったのだけれど大人が朝鮮人をもじった差別語を普通に使ってるのを耳にしてたし、パチンコ店とかで張り紙で”朝鮮人お断り”と張られているのを目にしていた。ほんの10数年前のこと。
喫茶店の従業員は韓国人留学生達と私。なんだかよく分からないまま交友は深まり、池袋の雑居ビル内の韓国人の学生が暮らす寮(狭い部屋に二段ベッドが複数台あるだけの部屋)や、韓国街がある新宿百人町にもよく行った。韓流スターショップで立ち読みして、そのまま映画借りてみたり。辛ラーメン作ってもらって、更にキムチ入れられてヒーヒー言って食べてた。
韓国の友達の家にもホームステイした、友達の親戚のおじさんに日本人とのことでからまれたり、すすめられて虫も食べた、食用犬のレストランにも行った、日本の植民地だった場所にも行った、そこで、非常に細い細い木を見た。異様なものを感じて友達に言ったら、日本軍が韓国人を処刑した場所だよ、その木は全部知ってるんだと教えてくれた。
キムさん、バクさん、チョさん、コウさん、ソンギシ、日本は変わりました。韓国はとても近い国になりました。あの張り紙をしていたパチンコ店だって、今じゃ”ぱちんこ 冬のソナタ”だし、あの時差別用語を使っていたおばちゃんも今では”ヨン様サランヘ~”なんだってさ。
手をつないで、私の知らなかった韓国を教えてくれたあの日は遠い昔のセピア色。
変わったね、近いね、近すぎて大事なもの見えないよ・・・
★次回ライブは6/26(木)になります!









